無題


 土曜の午前。俺は困っていた。



 1日前。雨が降っている中、俺は駅に向かっていた。部活が終わった現在、俺は帰るしかない。寄り道しようにも月末の今は金がない。となると帰って寝るしかない。明日からの休みをだらだらと過ごすため俺は傘を差しながら歩いていた。

 ふと前を見ると前に女子が居た。歳は俺と同じ高校生だろう。ロングヘアーで身長165ぐらいのごく普通の女子高生だ。だが普通ではなかった。この雨の降りしきる夜に傘を差していない。上からベストを羽織っているため下着が透けるということは残念ながら無かったが心なしか寒そうだ。よく見るとたまに震えている。

 ・・・が。よく見ると泣いているようだ。後ろから見ているから気付かなかったが時々すすり泣く音が聞こえてくる。まるでドラマのような展開だ。俺が考えるに彼氏と喧嘩でもしたのだろう。つうかそう考えたい。

 前の女性は傘を差していない。そして俺は傘を差している。ドラマだったらこんな時かっこいい男が「ちょっとお嬢さんどうしました?」とか言うのだろうけどあいにく俺のルックスはそれほど良くない。でも相手は雨なのに傘を差していない。このままだと風邪を引いてしまうかも知れない。傘を貸したところで相手は何も困らないはずだ。



 俺は意を決して女子に近づいた。女子は歩く速さが俺と比べて格段に遅い。数秒ののちにあっさり近づいた。
「あ、あのー、すいません。もし良かったらこれ使って下さい」
「え・・・?」
 振り向いたその顔はやはり泣いていた。雨でよく分かりにくいが目をよく見るとかなり泣いた後が見られる。しかも俺の好みの顔だ。でも相手はかなり困っている。それもそうだ。知らない男から傘を差し出されたら誰だって驚く。でもこの状態から傘を返されてもこっちだって困る。それではただの間抜けな男だ。このまま傘を出した状態で対峙し続けるのも恥ずかしい。
「俺は大丈夫ですから。どうぞ使って下さい」
 俺は相手に傘を押しつけた。困惑しつつもとりあえずは傘を持たせることに成功した。困惑している反応からすると俺に傘を返しかねない。そんなことをさせてはいけない。俺はダッシュで駅まで走った。



 その夜。何をするわけでもなく横たわっていると電話がかかってきた。母さんが俺を呼んでいる。どうやら俺への電話らしい。多少ぼーっとしながら受話器を取る。
「はい、もしもし」
「あ、・・・・・さんですよね?」
ぼーっとしていたせいで良く聞き取れなかった。でも俺に電話してきたのだから俺の名前だろう。それにしても聞き覚えのない声だ。もともと女子とはあまり会話をしないのに女子から電話がかかってくるなんておかしい。細かいことは気にせず「はい」と肯定の返事をしておいた。
「・・・今日、傘を貸してくれてありがとうごさいました」
「はい?」
何とも間抜けな返事をしてしまった。一瞬頭が真っ白になってしまった。擬音に表せば「うひゃぁ」といった感じだ。たった数時間前のことを電話してくれるなんて驚いた。わざわざ電話してくれるなんて随分優しい人なんだろう。でも俺は電話番号はおろかなんの自己紹介もしていなかったと思ったが。
「まあそうですけど。どうして俺の電話番号が分かったんですか?」
「傘の札に書いてあったので、それで電話してみたんです」
そうだった。小学生みたいだが俺は持ち物に名前を書くことがあったんだった。もちろん傘も例外ではなかった。駅に置き忘れたときに連絡が来るようにと電話番号も書いていたのだった。まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。
「今日は本当に助かりました」
「いえ、俺は別に大丈夫ですよ」
「・・・あの、明日は暇ですか?」
「まあそうですけど。どうかしましたか?」
「傘を返したいので、明日会えませんか?」
またも驚いた。これはもしかするとデートじゃないか。下手をすればそれがきっかけで発展するかも知れない。傘を貸したあたりからドラマのようだと思っていたけどますますドラマじみてきた。部屋の中で踊りだしたいような気持ちだ。でもここで取り乱してはいけない。冷静に対処しなくては。
「明日ですか?いいですよ」
「それじゃあ明日午後10時に駅で待ち合わせたいんですが」
「わかりました」
電話を切った直後思わずガッツポーズをしてしまった。しかも「よっしゃあ」などと声に出しながら。ふと我に返り恥ずかしくなる。それでも嬉しい。なにせ女子と話すこともあまりない生活だ。これは神が俺に与えてくれたチャンスだろう。いつもは神様なんて信じてないけど今だけは信じます。ありがとう神様。



 土曜の朝。夕べは眠れない夜を過ごすつもりがぐっすり眠ってしまった。とにかく気力が有り余っている。そろそろ待ち合わせ時刻になる。今日は歯磨きも念入りにした。いつもより多少服装にも気遣った。もうばっちりだ。パーフェクトだ。これで大丈夫だ。

 待ち合わせ時刻には30分早く着いてしまった。どうやら相手は来ていないらしい。安心しつつも暇を持て余す。とりあえず辺りを見回して暇を潰す。

 ものの10分で相手は来てくれた。「待った?」「いや、全然」というドラマのような会話をし、傘を受け取った。明るいところで見るとやはりかわいい顔だ。全体的に水色を基調とした爽やかな格好をしている。間抜け顔でぼーっと眺めてしまった。
「・・・あのー」
「はっ?」
「話したいことがあるのでもしよければどこかに行きませんか?」
なんてこった。相手から誘ってくれるなんて。早速俺はロゴは同じようなマークなのに白塗りの顔で赤アフロのマスコットの店よりも美味しいと言われているハンバーガーショップに行くことにした。



―――と、ここまで軽く思い出してみた。神がくれたこのチャンスだから逃すわけにはいかないのに。会話のネタが思いつかない。そもそも俺はあまり女子と話すことがないんだ。下手な話題では会話が続かない。

 天気の話題。駄目だ、曇り空とも言えないようなこの中途半端な天気ではどうしようもない。流行曲のこと。俺は流行に疎いんだった。最近の俺はパフィーにハマっているのに。それじゃあ学校の話題。女子とのコミニュケーションが乏しい学校生活を話しても面白いわけがない。となると・・・
「あなたって優しい人ですね」
「えっ?」

 いきなり俺を誉めてくれる言葉に戸惑っていると目の前の女性はさらに続けてきた。

「だって、見ず知らずの人に傘を貸してくれましたし」
「いや、俺は駅まで近かったからたまたまですよ」
「・・・でも、やっぱり優しいんだと思います」

 なんというか照れてしまう。ここまでべた褒めされると照れてしまう。それにしても誉められるのは悪くないなぁ。ちょっと嬉しくなってきた。そこに、さらに続けてくる。

「・・・あのー、もしよければ・・・私の話聞いてもらえますか?」

 よし。ここまで誉めてもらえたんだ。きっとかなり良い話に違いない。ということ『付き合って下さい』的なことか?それなら大歓迎だがもしも重い相談事だったらどうしよう。でもせっかく誉めてもらったんだ。しっかり聞いてあげよう。好感度が上がるかもしれない。

 と、5秒間ほど熟考し。姿勢を正して答えた。
「も、もし俺で良ければ。今日は暇ですから」




「あなたは神様を信じますか?」




俺は泣きそうになりながら店を後にした。

2003/08/02


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