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最近死についてのドラマが2つもあるためいろいろ考えるようになった。 死というのは自分がこの世から存在が消えるということだ。死んだ瞬間に思考は止まり、動くことが出来なくなり、二度と復活しない。復活するのならそれは仮死というやつだ。 だが、思考と行動の片方だけが停止したらどうだろう。 とても年を取った老人が居たとする。その老人は動くことが出来るが痴呆症が進行しすぎて自分が誰なのかも分かっていない。このような状況でも生きていると言えるのだろうか。 他にこんな例もある。事故など何らかの理由で体の機能がすべて動かなくなるとする。生活における行動すべてに介護士がつき自分一人では寝返りもうてない。 どちらも生物学的には生きていると分類される。だが、このような状況を俺は生きているとは言えないと思う。 俺にとって生きるというのは自分という存在が明確になっていて、自由に動ける状況なのだ。怪我をしたりして多少不自由なのはしょうがない。だが物事を理解する能力もなくブツブツと無意識に呟いたり、全身に管をつけて眼球しか動かせずベッドの上で寝たきりな生活をするのは生きているとは言えない気がする。 死ぬか一生寝たきりの生活をするかの2択を迫られたら俺は死ぬ方を選ぶ。生きていればいいことがあるかもしれないが動くこともできないのなら死ぬのも同然だ。行動と思考の双方が揃っていてこそ生きているのだ。 とはいえ、生きているにこしたことはない。自分から命を絶つということはしてはいけない。 自殺をしてはいけないのだ。 いや、マジで。 2003/03/21
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