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他人に対しての劣等感はありますか。 俺はありまくりです。 数え上げたらキリがないです。容姿・頭脳・財力・出身地・・・・。全ての物事において上には上が居ます。たとえ何かで優越感を持ったとしても、それは井の中の蛙。ちょっと人に誇れるかと思っていた読書量やタイピング速度も所詮は俺の高校レベルであり、全国を見渡せば大したこと無いと否が応でも知ってしまう。 オタクを(少なくともネット上では)公言している俺ですが。はっきり言って俺程度のオタクなら全国に何百人と居ます。マンガを大量に所持し、棚にはフィギュアが並び、壁や天井にはポスターが縦横無尽に張り巡らされる。その程度はオタク文化が根まで浸透したこの日本には大量にいます。 SURFACE・ウルフルズ・筋肉少女帯を尊敬し、ひいきしているのですがファンに比べればまだまだ。CDを数枚所持しているけれどライブに行ったことはないし、ポスターのたぐいも持っていない。好きでありながら誰にも負けないと言うほどではない中途半端加減。生ぬるすぎです。 上記は俺のコンプレックスの一部です。コンプレックスの総量は相当のものです。俺はコンプレックスの塊 かもしれません。 他人より若干秀でていたい。誰にも負けないと言う特技が欲しい。自分ならではという個性が欲しい。そう思いつつ、何も出来ずモヤモヤとしています。個性を欲しつつ、大衆と一緒でありたい。典型的な大衆社会に飲まれた人間です。 他人と接しつつ、自分らしさを表すには。背伸びをした所ですぐに疲れて背伸びを止めてしまう。だから、等身大で出来る範囲で個性を作り出そうとしています。「集団に飲まれたくない」と言って不良になる勇気はない。でも個性は欲しい。他人と同じではなく、自分は他人と違うと思いたい。そんな感情からオタクになったのかもしれませんし、若干マイナーな音楽グループにハマっているのかもしれません。 自分と他人の違いを見いだすには。一つは他人は他人、自分は自分と割り切る方法があります。しかし、これは必然的に他人から疎外されます。一匹狼になってしまいます。それでも良ければいいのですが、大抵の人は一人では疲れるでしょう。 もう一つの方法は、他人との違いを自分の中で見いだしつつも他人と同調する。俺はこちらを選びました。人とはちょっと違うと心の中で思っていれば自分の気は晴れます。自己満足ですが。同調することに過度のストレスを感じなければ何ら問題ありません。 自分を見いだしつつも他人と同調すると、嫌でも他人と自分の差を見せつけられます。現在、俺は見せつけられています。学生ならば、点数や偏差値で明確に他人と比較させられているでしょう。他人よりも劣っていると気付いたときに戦うか、逃げるか。 戦うのも勇気。 逃げるのもまた勇気。 コンプレックスを黙殺しつつ生活するのも、コンプレックスを覆そうと努力するのもその人の勇気。 ただ、世の中にはどうしようもないコンプレックスもあるわけで。常に覆そうと努力するとそこで堕ちます。たとえば、俺があげた「出身地」のコンプレックスなんかはほぼ100%覆すことは不可能でしょう。出身地の良いところを見つけてもそれは劣っているところから論点をずらしただけであって、覆したのとはまた違うでしょう。 全てのコンプレックスを覆そうと努力するのは疲れます。かといって黙殺し続けるのも見えないストレスが溜まり続けます。中間でフラフラとしつつ、自分の居場所を探し続ける。 俺は、内面で個性を出すことで居場所を見つけています。 たとえ居心地が悪いとしても。 2004/01/27
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